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善意で舗装された道をゆく

舗装された道はとても歩きやすい どこに続いているのかは知らない

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はてなの中の人たちが俺の承認欲求で飯を食っている

おれたちのはてなブックマークにおける、スマホブラウザ用ページがリニューアルしていた。
スマホブラウザでログインした状態で見ると、左上にお知らせの赤いマークがつく。
自分が書いたぶコメにスターが付くとそれを教えてくれる。

それ以外にもいろいろと頼んでもいないのにお知らせしてくれるのだが、つまるところ
“貴方のアクションに何かしらのレスポンスがありましたよ”
と教えてくれるのだ。
それはつまり、 “俺が誰かに承認された証” であり、そこに表示される数字は俺を生きていても良いとしてくれた “赦し” の数だ。

ブラウザ上に踊るあの紅い点はまさに、 “承認欲求” そのものを具現化したような、俺の毛むくじゃらのハートが求めてやまない承認という甘くスイートで甘美で甘い魅惑の果実であり、全力で “そんなのぜんぜん気にしませんがなにか顔” をしながらも実はいつもまじ気になるんである。
 

今日もスマホはてブを開き腕まくりをし、手斧やうんこを投げる準備をはじめる。
すると左上に例の紅いポッチが煌々と灯っている。
あの赤が目に入ると瞬間的に心がジュワッと濡れるくらいには、パブロフ犬としてはてなにしっかり飼い慣らされているんである。 ワン

「よかった。今日も赦された。ありがとう。」

そんな安堵と感謝の念を抱きながらメニューアイコンをタップする。
そこで俺は驚くべき光景を目の当たりにする。
   

デカデカと表示されるスイーツをあしらったバナー。
ファッションがどうたらとかいうアプリのバナー。
迷子を助けるサービスのバナー。
ナナうんたらとかいう社長がスター気取りの変な会社のバナー…
 

まず、いの一番に目に入る場所、絶対に見逃す人などいない視線のど真ん中に鎮座する “広告” 。
100人が開いたら110人(電車で後ろからコッソリ覗いてる人も含め)がバッチリ見る位置にデカデカと広告が配置されているのだ。
俺にとって生きる意味に等しい、俺の存在を赦してくれるそれらの形跡を確認するために開いた先で、その前にまずデカい広告を強制的に見せられるのである。

俺はこれほどまでに見事で、これほどまでに不愉快な広告を見たことがない。
確かに広告は目につく場所に無くては意味が無い。人々が見たいページ、見たい場所に置いてはじめて広告の意味がある。
しかし、これほど “見たい場所” そのものであり、 “大正解” であり、そして “くっそウザい” 広告を俺は他に知らない。
 

「バァwww ここが見たかったんでしょ?w 分かってんだからw まいどありーwwwWW」
 

あまりにストレートな場所すぎてそう言っているようにしか見えない。
きっと “承認” を求めてタップした、その先に出ることが更に嫌味を助長している。
 

「承認されて良かったでちゅねぇーwwww はい広告も見てねぇwwwwwまいどーwwww」
 

もう確実にそう言っていやがるのである。
ぐぬぬぬ。ちくしょうはてなめ。なめやがって。
 

仕方ない、認めよう。その通りだ。確かに俺はソコが見たかった。
俺がどのように赦されたか認められたか知りたかったんだ。
でもだからといって、それはストレートすぎるじゃないか。そのまますぎるじゃないか。
ユーザーが見たくなる場所を作りそこに広告を設置する、という作業においては100点満点だが、あまりに正解すぎて馬鹿にされ釣られたように感じてしまう。
広告なんて多少なりとも “釣り” であるのは仕方がない。
しかし少しは場所をずらしたり、大きさを調整してそれがメインにならないようにするとか、もっとこうやんわりとボヤかしながらそっとやってくれてもいいのではないか。

あの広告のプギャーwww感はここ最近のネットでは珍しいくらい “すげー腹が立つ” のである。
これだけの心象を与えるのだから広告としては優秀なのかもしれないが、あまりに正解過ぎると100点がマイナス100点にひっくり返ってイメージ逆効果になるっていうWEB界の悪いお手本になって欲しいくらいだ。

あの広告の位置こそがはてなブックマークというサービスの本質をストレートに表している。
そのあまりに “そのまんま” な換金方法が悔しいから、俺もその状況をストレートにタイトルにした。仕返しだ。
 

はてなの中の人たちが俺の承認欲求で飯を食っている  
その飯は美味しいかい?たんとお食べ。俺の奢りだ。

ちくしょう。